韓国の珍道国際学会に参加 ?

2011.12.04 Sunday 10:54
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    11月25日(金)


    宿泊した温泉温泉の朝風呂は最高でした。
    ひなびた温泉街かと思っていたら都会でした。




    朝食は 納豆チゲ。


    温陽温泉駅。  ソウルに向かいます。


    漢河


    ソウル駅(ヨク)


    この日の宿泊は、南山公園のすぐそば。

    チェックインの後 ソウル観光へ。
    明洞(ミョンドン)から地下鉄で一駅の忠武路(チュンムロ)に行き、乗り換えて安国(アンコッ)で降りて北村(ブクチョン)に行きました。  
    昼食は北村でうどん(インスタントの暖かいそうめん)。


    冬ソナの高校。



    青空に柿が美しい。


    皆がここで記念写真を撮ります。


    朝鮮時代の高級官僚が沢山住んでいたと言われていて、ソウルの中では韓国の伝統家屋が多く残っていて昔情緒あふれる場所。ソウルの街が一望できます。





    尋心軒
    韓屋が持っている美しい建物の特徴を生かしながらも生活に不自由がないように今風の機能を取り入れた生活韓屋。


    新しいけれど、古い様式。










    梅の甘いお茶をいただき、疲れが取れました。



    昌徳宮 (チャンドックン)が見えてきました。


    正宮である景福宮に対する離宮として創建されました。現在の韓国国内の宮殿の内、最も創建時の面影を残している宮殿であり、日本の梨本宮家から嫁ぎ、大韓帝国最後の皇太子李垠の妃となった李方子(まさこ)もこの宮殿で暮らしました。


    仁政殿の大屋根。


    古宮に西日が当たり大変美しい情景でした。


    瓦にも種々の模様。


    仁政殿の前庭。


    仁政殿の門前で記念撮影。


    その後仁寺洞で五味子茶(オミジャチャ)を飲んで暖まり、ショッピング、夕飯にチヂミを食べました。
     
    五味子茶(オミジャチャ)は甘味、辛味、塩味、苦味、酸味すべてを感じることができました。


     
    女の子のチマチョゴリは街ではなかなかお目にかかれません。一度ソウルの仁寺洞で二人連れに遭遇しました。カラフルなチマチョゴリで良く似合っていました。お祝いの会でもあったのでしょう。日本の着物のように特別の場合にしか着ないのかもしれません。


    あるメンバーの感想では、20年前に訪韓した時には料理の辛さに閉口したが、今回はそれほど辛くない、料理が辛くなくなったのか、歳をとって舌が鈍感になったのか。

    メンバーの一人は何回も韓国旅行をしており、韓国に関する知識も豊富でした。ソウルの北村、昌徳宮、仁寺洞を案内してくれました。複雑なソウルの地下鉄の切符の買い方、乗り継ぎなどを先導してくれました。


    地下鉄安国駅から会賢駅で降り、ソウル駅のイルミネーションを見ることができ、翌日の空港行きリムジンバスが出るヒルトンホテルの場所を確認する事ができました。

    ソウル駅。


    ヒルトンホテルのツリー。


    ソウルタワー。

    11月26日(土曜日)


    リムジンバスで仁川空港へ。 仁川空港→千歳空港 無事帰国いたしました。

    大橋眞教授には 学会参加、韓国国内の移動、宿泊先の手続き他 大変お世話になりました。 また御一緒した西巻御夫妻、仙才御夫妻 そして「ホイスコーレ札幌」受講生の5名の皆様、 改めて感謝申し上げます。












    韓国の珍道国際学会に参加 ?

    2011.12.03 Saturday 17:35
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      11月24日(水)

       
      朝食後団欒。そして別れを惜しみました。


      伝統芸能の人(人間国宝)と涙の別れ。



      伊藤亜人(韓国研究で有名な文化人類学者)の下宿先。下宿代を受け取らない家主に、 布団の間にそっとお礼を挟んでいたそうです。 亜人氏の奥さんが一緒に泊まった時は警察がスパイではないかと言う事で、一日に数回も様子を見に来たそうです。


      この家の祖廟。
      みかんを取って良いと伺い 張り切って取りました。


      こちらにも珍島犬(チンドウケッ)




      ソウル大学の先生・学生と記念撮影。


      見学ツアーの終了後、珍島文化館を訪ねました。新しく発足した「珍島学会」の式典に参加するためです。日本人グループからも二人が祝辞を述べました。珍島郡長が出席されました。




      島は活性化のために、古典芸能を主体に観光に力を入れています。観光のもう一つの目玉は“海割れ”で、日本でも有名です。また、土地の産物(農産物、海産物)の開発にも力を入れています。


      昼食。結構辛めのお食事でした。独特の臭みがある副菜、見たことないちょっと気持ち悪い緑の海草がありました。学生が店の人にこれは何か聞いているところを見ると珍島ならではのもののようでした。

      ここは珍島のどこなのか隣の学生に聞くと 携帯のアプリで現在地を教えてくれました。 学生達は皆 スマートフォン使用。

      男子学生は皆兵役を終えていました。イ・ビョンホンの映画 JSAにでてくる 北と南の境界線のところに兵役に行ったという学生がいました。 北海道から一緒に行った方がその映画を見ていて 大変さを説明してくれました。

       



      空き時間にソウル大学の学生さん達とコーヒーショップへ。

      韓国のお母さんってしゃべるよねという話題から 1人の学生はお母さんと電話で話す時 受話器を遠ざけるというので笑いました。 女が集まれば日本韓国の芸能界の話も交えて 盛り上がりました。
      いろいろな場面で、チャングムの話をしましたが チャングムと言ってもなかなか通じません。 するとチャングンかチャングミ(ミはちゃんの意)と発音すると教えてくれました。 

      日本人が カ・ム・サ・ハ・ム・ニ・ダを一音ずつ発音するとひどいらしい
      が カムサハムニダ〜を早口で言うとすごく良いとアドバイスしてくれました。ダーを伸ばすのを忘れないように。





      貸切バスで珍島のバスターミナルバス まで送っていただき皆さんとお別れしました。色々とお世話になりました。ありがとうございました。

      珍島から木蒲(モッポ)のバスターミナルまでバスバスに乗り 木蒲のバスターミナルから木蒲駅までタクシー車 木蒲から牙山までは電車電車で移動しました。


      木蒲(モッポ)駅

      改札口で軍服を着た男性と一緒の彼女らしい女性。休暇が終わってお別れのようでどちらも泣いていました。 しかし 男性の鼻に詰められたティッシュがビローンとはみ出ていて、哀情が一気に引っ込みました。


      KoRailの車内。


      モッポ駅の近くのお店でテイクアウトしたあわび粥。テイクアウトにも副菜がたくさん付いていました。

      「ホイスコーレ札幌」のメンバーはお話と笑い声が絶えません。韓国の特急列車の中では、車掌に静かにしてくれと二回ほど注意されてしまいました。ちなみに、特急列車の車掌は航空機のスチュワーデス、スチュワードと同様で、挙措が上品で、礼儀正しく、物静かで、この点では世界に冠たる日本も負けそう。


      牙山(アサン)駅から温陽温泉(オニャンオンセン)まで電車。
      この駅でお会いした議員バッチをつけた議員さん。温陽温泉に着くと今日の宿まで案内して下さいました。




      夕食はサムゲタン 美味でした。



      韓国の珍道国際学会に参加 ?

      2011.12.02 Friday 17:30
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        11月23日(水)


        早朝の朝日待ち。


        22日の夜は、ソウル大学の教授の手配で、韓国では有名な女流作家(珍島の生活をテーマにした小説を書いているという)の家に泊まることになりました。
        その家は島の南にあり、風光明美な湾に臨んでいました。大型バスで向かいましたが、道が狭いため途中までしか行けません。そこからは歩いて40分ぐらいだそうです。小型トラックが一台あり、二名はそれで行くことになりました。他の9名は暗くなるし、寒いし、しかし仕方なく覚悟を決めて歩くことにしましたが、トラックの荷台に乗ることをメンバーの一人が提案し、皆乗り込んで、ワイワイ騒ぎながら、また「ドナ・ドナ・ドナ・ドーナ」を歌いながら無事到着しました。車内に乗っていた人たちは、到着まで他の人たちが荷台に乗っているとは知らなかったそうです。

        この家から見える海と朝日が素晴らしいと聞いて、待ち構えていたのですが、あいにく厚い雲。しかし暫く待っていると雲の間から美しい朝日が眺められました。何人かは海岸まで降りて行き、黄海の水に触れました。

        この家では朝、水が出なくなり、朝食もできないというので直ちに出発することにしましたが、しばらくすると修理ができたので、朝食待ちとなりました。朝食はアワビ粥。やはりアワビが豊富。養殖しているのか、街で売っているアワビは大きさが中程度で一定しています。





        海は、黄海。


        庭にはキムチの甕。 こちらのお宅には珍道犬が5匹ほど 飼われていました。

         
        書斎。

         
        朝食のあわび粥。絶品でした。   小説家の著書。


        珍島国際学会に参加。 

        韓国本土と珍島を結ぶ珍島大橋(全長484m。1984年10月18日竣工。)ができたことで若い人が本土に出て行き 13万人いた人口が3万人にまで減少しました。しかし珍島に残る伝統芸能が韓国国内 また国外から人を呼び 伝統芸能を披露する建物、宿泊施設などが珍島のソポリ村に建設されました。この村で文化人類学の国際学会が毎年開かれ 今年は第11回目を迎えました。 



        学会は町の公会堂のようなところで開催されました。オンドルで温めた広間に直に座って講演を聴きました。座長席と係の席だけに机と椅子が用意されています。講演は韓国語、日本語、中国語でされましたが、通訳のない場合もあり、学生の通訳と図表、写真で理解しました。

        韓国と日本のジョイント・ミーティングであり、中国人の発表もありましたが、彼も韓国の大学教授でした。参加者は韓国側からはソウル国立大学、木蒲国立大学他の教官・学生(女子学生も多い)30名ばかり、日本側からは「ホイスコーレ札幌」関係者8名、徳島大学関係者3名、筑波大学関係者2名、鹿児島大学関係者5名でした。地元の参加者は100名ばかりであったでしょうか。

        徳島から来た一組の夫婦が合流しました。これで私たちのグループは13名となり、ソウルに帰るまで行動を共にしました。この夫婦はこの後釜山を廻ってから帰国するとのことでした。 
         


         
        ソポリ村おこしのリーダー。              ソウル大学チョン・キョンス教授

         

        ソウル大学の学生の中には、日本語を勉強しているのが結構いて、通訳してくれました。中の一人は相当上手で、その姉は日本語通訳の仕事をしているそうです。この学生は高校時代に日本語を勉強したそうです。また、ある一男子学生は2,3カ月勉強しただけで、われわれと意思が通じるのには皆驚きました。

         
        珍島伝統芸能と昼食会に参加した珍島のアジュマ。
        韓国の食はアジュマ(おばさん)パワーで支えられていると思いました。

        こちらが小説家。


        伝統芸能の披露。

         
        この方は人間国宝です。


        豚の口に1万ウォンをはさみました。  

         
        学会で鹿児島大学の教授は奄美大島の島唄について講演し、連れてきた歌手が島唄を披露しました。声に力があり、民謡大会で優勝するほどの歌手とのことでした。唄に合わせて 踊りました。



        徳島大学の教授は、「ホイスコーレ札幌」を学会に紹介し、受講生の中高年女性のコミュニケーション力の高さをを称揚しました。その挙句、韓国語を交えた「アジュマ(おばさん)パワー」なる新語が生まれました。この「アジュマパワー」は学会の中で流行語になりました。



          
        学会終了後、ゲストハウスに移動。ステージでは伝統演芸が繰り広げられていました。 文化人類学の学会なので、日本の伝統芸能を披露する機会がきっとあるに違いないと、北海盆うたを踊ることに決定し、事前の練習を数回おこないました。持参した浴衣に急いで着替え宴会に備えました。

         
        珍島の方たち一人一人に折り鶴を差し上げました。


        伝統芸能の披露。

         
        韓国のことは12弦。

                                       
          
        奄美大島の伝統音楽。


        相手と呼吸を合わせ即興で踊るそうです。

        日本の古い民俗芸能の言葉は理解できないのが多いのですが、韓国の唄や語りの言葉は若い学生にも良く分かるそうです。方言がなく、現代語とあまり違わないようです。そのためもあってか、学生たちもそれらの芸能に参加しやすく、身近に感じているようです。



        いよいよ「ホイスコーレ札幌」の出番です。
        私たちは北海盆うたを披露しました。持参したCDをかけてもらい、「ハムケ(ご一緒に)」と皆さんをお誘いし、多くの韓国の人たちも参加して大いに盛り上がりました。アンコールがあり、もう一度踊りましたが、なんとこの曲は次の盆うたで、北海盆うたではありませんでしたが、気にせず踊りました。珍島の方が 太鼓を合わせてくれ、私たちも地元の人も大いに楽しみました。







         


         
        一日の仕事を終えたお母さん達がここに集まり、踊りの練習をすることでストレスを発散できるそうです。踊りの中には 通りゃんせ・ハンカチ落としなどの子供の遊びが表現されていました。

        宴会は何時までということはなく、いわば無限に続きます。民謡、踊りが止まるところを知りません。勿論酒とつまみ(ポテトチップス)が用意されています。飲みながらしゃべりながら踊り、歌うのです。半ば、外から来た人のためでもありますが、半ばは自分たちの楽しみでもあるようです。

        私たちは12時ころ宿舎に帰りましたが、2時ころまで付き合った人もいました。翌朝韓国の学生に聞いたところ、学生の何人かは朝7時まで付き合い、8時に今日の行事のために起床したと話していました。二日酔いで気持ち悪そうにしている学生が何人もいました。











        韓国の珍島国際学会に参加 ?

        2011.12.02 Friday 07:24
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          韓国の南端、珍島で11月22〜24日に開催された文化人類学の国際学会、第11回珍島アカデミー国際学会に参加しました。今回のテーマは「珍島ソポ湾、いま世界へ」です。韓国側からはソウル国立大学、木蒲国立大学他の教官・学生数十名、地元珍島の人たち100名くらいの参加がありました。日本側からは、「ホイスコーレ札幌」から8名、徳島大学関係の3名、筑波大学関係の2名、鹿児島大学関係の5名が参加しました。地元の暖かい歓迎に包まれ、学会発表で文化人類学を勉強し、珍島の歴史地区も廻り、珍島の伝統的な音楽・踊りを楽しみました。「ホイスコーレ札幌」のメンバーは、全員浴衣で「北海盆うた」を踊りました。珍島の島民他関係者も参加し3重の輪になって踊りました。行き帰りには木蒲、温陽温泉、ソウルを観光しました。21日に出発し26日に帰国しました。

          11月21日(月)

          徳島大学からの誘いにより、韓国の珍島で開催される文化人類学の国際学会に「ホイスコーレ札幌」の受講生が参加しました。

          参加者はホイスコーレ代表生越と女性6名、男性1名、年齢は40歳代から70歳代までですが、「ホイスコーレ札幌」の仲間とあってチームワークは抜群でした。

          早朝の出発なので、4人の女性は千歳空港に新しくできたホテルに前泊しました。温泉もあります。

          旅行慣れしている方ばかりで、海外旅行にもかかわらず、緊張感は全くありません。

          千歳空港から仁川空港まで3時間、空港からソウル駅まで電車で70分でした。

           
          仁川空港に到着。                  ソウル駅でビビンバの昼食。

          旅行にかかる費用、交通費、食事代、宿泊費などは、一人ひとり支払うのは面倒などで、一定額を一括集金し、若いメンバーに支払いをまかせることにしました。不足すれば集金するということで、これは大変うまくいきました。若いメンバーにも勉強になったことでしょう。

           
          徳島大学大橋眞教授 筑波大学関係者の一組の夫婦が合流し、11名となりました。この夫婦は以後帰りの仁川空港で別れるまで行動を共にしました。

          ソウル駅から新幹線の駅までは地下鉄で移動。
          ソウルの地下鉄は、自動販売機に韓国語は勿論、日本語、中国語、英語があり、また車両もホームも日本より立派です。
          韓国人のすばやく席を譲る様子に感動しました。

          地下鉄では、切符を買う時500ウオンの“補償金”を取られ、降りた駅で払いも戻しができるようになっています。


          新幹線で木蒲モッポまで3時間の移動。(新幹線の線路は大田(テジュン)駅まで)


          大都市では30〜40階建ての高層アパートが林立しており、壮観です。韓国の経済成長をうかがわせます。

           
          夕食は木蒲モッポのお店で。辛い物好きの(あるいは辛い物を苦手としない)一人は、本場の韓国料理に感激、ほとんどの食事の写真を撮っていました。
          大ざっぱにいえば韓国の食事代は自本の半額程度です。酒はマッコリ、焼酎、ビールが主体であり、日本を含め外国のビールもありますが高いそうです。

          11月22日(火)
           
          宿泊はファミリーツーリストホテル。新しくてキッチンつき。部屋はリビングのほか二部屋。11人で泊まって一人2000円弱。          
          オンドルの効いた部屋に雑魚寝状態、修学旅行の様でした。


          キムチつくりのシーズンで、あちこちでキムチつくりの小母さんたちが目につきました。

           
          儒達山に登りました。




          儒達山から見た木蒲の市街。李舜臣イ・スンシン。

            
          儒達山にある建物。                     道端で見た門。




          木蒲案内図。


          キムチの甕か。


          帰り道、トッポギ1カップを11人で食べました。


          木蒲モッポの市場

           
          柿のおやつ。                         海産物が安い。


           
          店の奥でキムチをつけていました。韓国のおばさんはほぼこういうヘアースタイル。 

           
          海鮮のお店で昼食。

            

           
          あわびのお刺身他いろいろ                  蚕のサナギ


          バスで珍島大橋(韓国の南端部)まで1時間の移動。
          列車の駅から路線バスのターミナルまでどこでも遠く、不便に感じました。新しい路線の駅は街の郊外に作られているためでしょう。田舎では漢字、ローマ字の表記がほとんどなく、案内者がいないと動きが取れません。

           
          珍島大橋近くのバス停。               天然記念物 珍島犬   

          珍島は韓国で3番目に大きな島(360平方キロ)です。




          珍島大橋の袂でソウル大学の方方と合流。
          珍島の緯度は北九州とあまり変わらないのに、寒気の到来と強風で、札幌くらい寒い。ソウルの方が暖かく感じました。




          珍島大橋の下の狭い海峡は流れが複雑で、渦潮も見られました。朝鮮海軍の李舜臣将軍はこの潮の流れ、満潮,干潮をうまく作戦に取り入れ、日本水軍に勝利したと伝えられます。この李舜臣将軍は韓国最高の英雄とされ、いたるところに像が作られ、日本の方向をにらんでいます。もちろん、大橋の近くにも李舜臣の大きな銅像があります。



           


          豊臣秀吉の文禄・慶長の役の時、珍島も海戦の戦場となり、日朝双方に多数の戦死者が出ました。潮に流された日本の戦死者を珍島の人たちが葬むり、墓地を作り、以後500年にわたり保存されています。朝鮮兵の墓は当然として、敵国である日本人の墓まで作られたことは注目すべきことです。長い間珍島以外では知られていませんでしたが、最近になって再発見され、調査されています。しかし、対日感情の問題から微妙なものがあるようです。









          人口が減少し、農家人口も減少したはずなのに、草茫々の田畑が目につきませんでした。水田ではイネ、牧草を栽培し、畑ではハクサイ、ニンニクが目立ちます。


          珍島の案内図


          蒙古に抵抗した三別抄の龍蔵城跡。ここで作られた瓦が日本でも使われている事が判明したそうです。瓦には印が押してあります。


          ゲストハウスに到着、珍島の方たち、ソウル大学関係、日本から来た人達の 顔合わせ及び自己紹介が行われました。


          ビュッフェ形式の夕食(黒米・ナムル・チャプチェ(春雨)・野沢菜・キムチ他イロイロ)を頂いた後、この日の宿に向かいました。



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